備忘録

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福井謙一

福井謙一は1981年に日本人として初めてノーベル化学賞を受賞した化学者。学生時代になんどか先生の講演を聴く機会があり、訥々と話される中にもスパイスが利いていたことをよく覚えています。

20世紀最大の化学者と呼ばれたLinus Paulingは当時Shechtmanの考えに批判的だった。福井先生はその考えをスルッと否定されました。

大きな集まりの中で「権威」を「ポーリングああいってますけど、あれはちがいますよ・・・」とばっさりと否定。福井先生あんな強烈なこと言いはるんや、とビックリしたのが強烈すぎた。そのShechtmanが2011年にノーベル賞を受賞したときに福井先生の先見の明に改めて脱帽。

7年前にロアルド ホフマンの話しを聞く機会があって、年甲斐もなく、講演のあとにサインをいただきに行った。

化学科の学生だったころに買った化学英語の辞書にサインをお願いした。ここにサインしてくれませんかと指さしながら「これ読めますか?」と尋ねたら「わからない」、「これ、福井謙一先生のサインです。化学科の学生のころにいただいたものです。」

「sensei Fukuiは私にとって大変大切な人です。日本に行ったときにもずいぶん親切にしていただいた・・・」思わぬエピソードを聞かせていただくことができた。

「じゃああなたにはpz軌道をプレゼントしましょう」と自著の横にpz軌道の絵を沿えていただいた。いかにもアメリカ的なプレゼントに感動した。
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  1. 2014/05/02(金) 04:54:06|
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野口英世

かつては修身の教科書に出ており私たちの両親から上の世代では知名度100%(修学経験のある人に限って)の偉人、野口英世。

修身の教科書が無くなって忘れ去られるかと思いきやお札になって復活。これまた抜群の知名度に返り咲いた。

野口英世がなぜこれほどまでに取りあげられるのかというと、赤貧洗うがごとしの貧困家庭から独力でロックフェラー研究所の重要メンバーの一人になった立身出世の物語。折しも大日本帝国も欧米列強に追いつけ追い越せと立身出世に頑張っていた時代。

当時の日本の学問水準を考えるとコッホ研究所で活躍した北里柴三郎やロックフェラー研究所で活躍した野口英世は日本の物差しでは測りきれないほど高い水準にあった。とは言うものの野口の研究業績に対しては伝記的な評価とは別に毀誉褒貶が激しい。

確かに異常に自己顕示欲が強いように思う。フライング的な発表?があったのかもしれない。しかし彼が細菌学の世界で実際に多くの人命を救ったことはまちがいない。

野口の生涯最高の業績の一つである梅毒スピロヘータの顕微鏡写真がその後の精神病治療のあり方を変えたこともこれまたまちがいない。後にノーベル賞を受賞したヤウレグが受賞講演1927年で触れている。

野口について書かれた本には必ず「放蕩者」の側面の記述がある。それを埋め合わせて余りあるほどの野口の人生。それが教えてくれるものは努力することの大切さと努力する者は報われるべきであるという古くからの価値観だと思う。

古くからの価値観ではあるけれど、これほど世の中が豊になった今だからこそ改めて見直すのがいいのではないかと思う。なんでもあるし、努力しなくても儲かるならいいやという考えが若者に蔓延したとき、次の世代が生きる世の中はとんでもないことになっている。

アメリカはそれを悪い食生活で既に完成した。次の世代は(今の10代の子供達?)は生まれたときからジャンクまみれ。もうなにが不健康食なのか全く理解できていない。

日本社会がいまいちど因習、封建社会的価値観などとして捨て去ったものを再点検して必要なものは再評価して掘り起こす必要がある時期に来ていると思う。
  1. 2014/04/30(水) 11:35:52|
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