備忘録

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毒物になりました

調べものをしていておもしろい言い回しを発見。○○が毒物になりました。

これはある物質が「毒物」のカテゴリーに入ることになったという話しの一部分。法令により×月△日より○○は毒物(という分類)になりました。

この一部分だけを見るとそれまでは無毒だった○○がある日突然毒物になったような文章になる。どうでも良さそうなことだけど笑いのツボにはまってしまった。
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  1. 2013/08/22(木) 07:57:13|
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偶然

壁に刺したピンにキューピーをひっかけてたのを移動させようとしたら落としてしまった。パ~ンと大きな音がしたので何ごとかと見たらこうなってた。まったく偶然、仕込み、やらせ一切なし。
キューピー
  1. 2013/08/19(月) 23:53:56|
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粋な絵

お昼を食べに近くのレストランに行った。少し前にできたのは知ってたけれど行こうと思いながらなかなか行けてなかった店。

高級なレストランではなく大衆食堂のようなところ。味はよかったので満足。

店の壁にいろいろな絵が掛かっていたが最初は特段気にもとめてなかった。帰る間際になって一枚の絵に目がいった。よく見ると見覚えのある人たち?誰だ?おじさん達が楽しそうにビリヤード台を囲んでいる絵。

まん中に座っているのがアイゼンハワー、まわりで談笑しているのがジョージブッシュ親子、フォード、ニクソン、レーガン、ウィルソン、リンカーン。後ろの壁の写真がワシントン。かつての大統領が集まって談笑している絵。

理由はわからないけれどウィルソンだけ民主党。見間違いか?よくわからない。アメリカ人の粋な感覚だと感心した。
  1. 2013/08/19(月) 23:09:29|
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田舎志向

大都市で育ったので田舎育ちの子が高校卒業を機に進学や就職で都会に出たがるという感覚の経験がない。でも田舎出身者によると都会に憧れるということはあるようだった。

地域によっては若者が一旦出ていくと戻ってこず住民の平均年齢が上がる一方の地域も多いと聞く。いろんなところにいくとそういうのはなんとなくわかる気がしていた。

この周りにいる若者にもいろんな子がいるけれど、おもしろいのがいる。就職は州内で探す、出身地ならなおよい、と。その出身地というのは行政上は「市」になっているけれど高校生が全部で70人ほどの街。町内みんな知り合いの世界。

彼曰く、都会(ここ)は人が多いし、変な(よくわからないようなやつ)もいるから嫌だ、と。は彼に言わせると「都会」らしいけれど人口は大阪府熊取町より多いくらい。普通の生活に不自由はないけれど、ちょっと気分転換に買い物や気の利いた場所へというのはできない。大阪市内出身者としては随分遠くへ来たものだという気がする。

彼はなかなかおもしろい経歴なので機会があれば紹介したいと思っている。で、その子に卒業したらどこ行くの?と尋ねたら、地元と。

こちらはてっきり西か東の人の多い地域へ行きたいんだろうと思ってたのでえらく驚いた。田舎の小さな村から田舎の大きな村に来た、じゃあ次は都会だろうとこっちは決めてかかっていた。

これが珍しく感じて仕方なかったので他にもいろんな子に尋ねてみた。個人差はあるけれどやはり田舎志向の子が多いということだった。これは田舎志向というよりは田舎でいると安心だということのようだ。

小学生が学校が終わると自宅に帰るような感じかと思っている。でも大卒や大学院まで出てそれに見合う仕事はそんな田舎の村にはない。それで学歴の高い子の妥協点は田舎の大きな村での就職になるらしい。日本の田舎のように先祖伝来の田畑を維持するためとかそういうのとも違うようだ。

人も車も多い賑やかな大都市で育つと日常の生活に支障のない範囲であれば田舎の方がゆったりできていい。住宅事情もよく日本でいうレベルでの狭い家というのはない。広い家に住めばもっと広い方が楽だと際限なく厚かましくなることは最近なんとなくわかる気がする。

どこでも車でスッと行けて駐車場の心配もなにもない。渋滞なんか、事故渋滞か工事の斜線閉鎖くらい。スイスイ走って10分のところへはいつでも10分で着けると計算して間違いない。日本の都市だと大都市でなくてもこうはいかない。

でもときどき大都市にしかない賑やかな場所が恋しくなることがある。
  1. 2013/08/17(土) 01:53:45|
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のんびり学校

昨晩も雨が降った。11時ごろに遠くから雷が聞こえ始めた。例年だと枯野の季節なのに草は青々としてるしそんなに暑くもない。

日本が猛暑らしいけれど、ここは過去に経験がない快適な夏。去年の45℃がウソのようだ。来週から全ての学校が一斉に始まるので街中が賑やかになる。

よきに付け悪しきに付け呑気な街なので子供の教育については心配もある。学校の進度は日本の公立学校よりもかなりゆっくりしてる。一つには2年前まで州全体でやっていた「1人の生徒も落ちこぼれにしない」という、まあ言えば体の良いのんびり宣言のためにかなり教育レベルが下がっていた。

長男、次男が小学校のまん中ごろにやってた毎週の単語テストなんか私たちが見ても簡単なものだった。ところが昨年、小三の子供の単語テストを見たらわからないのがゴロゴロあった。

日本でもゆとり教育と称して呑気なことをした時期があった。あの最初の学年を教えたことがある。(そう感じているだけかもしれないけれど)上の学年の子供達とははっきり違った。この地域でもそういう差がはっきりと出てくるんだろうなと思ってる。

去年は小学校はカリキュラム内容を少しレベルアップした感じだった。今年から一クラスを二人の先生が教科別に分担して持つことになった。大幅に改革しているのがよくわかる。

ここは田舎の小さな街だけど、親の学歴はかなり高い。だからもともと、なんでこんな地域でこんなにのんびりしてるのかな?とは思っていた。それが州全体の方針という枷が原因だとわかったのは、その制度をやめてから。来週からはその新しいクラス編成らしい。きょうみ半分期待半分。

高校になるとシステムは日本とかなり異なる。日本だと中学も高校も制度的に大差はない。選択科目のがあるかないかくらい、子供は決まったクラスで決まった教室にいるというのがほとんど。

ここではその選択の幅がかなり広くなる。前年度の成績などを考慮して科目の飛び級のようなのがある。これはわりと一般的にやっている。数学一を取って次ぎに数学二を飛ばして数学三に行くというようなこと。

日本との大きな違いは高校二年(日本では高一、高校は4年生と見ますので)から地元の専門学校や大学の授業の受講が可能になる。興味のある専門学校や大学で開設されている授業に正式に登録ができ、単位も取得できる。だから子供達にはかなり幅広い選択の余地がある。だから大学に入学した時点で既に大学の単位を相当数持っている学生もいる。こういうのは学年ごとそっくりじゃないけれど、教科単位の飛び級と見ることができると思う。

その反面気のない子、出来ない子はそういう選択をして高校を出ることが可能である。だからとんでもない高卒が一部には出ることになる。これは日本でも底辺校といわれる学校、自分の出た学校もそうだった、で普通にあることだが。

ここには同じ学校に底辺校の子供から大学初年度の授業をいくつも受講する子が同居している、同居できる制度のおもしろさがある。
  1. 2013/08/17(土) 00:40:44|
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ストレス源

5月末に今の家に引っ越した。7月末に前の家の大家から書面が届いた。敷金の返還だと思っていたら追加請求。しかも内容はデタラメだらけ、明らかに悪意満々。

日本にいるころは敷金は戻らないものと思ってたけど、こっちに来てからはほぼ満額戻ってきていた。当然ながら今回もいくらかは返金されると思っていた。

この地域の常識はよそと違うのか?こういうのはこの地域では普通なのか?

この街の標準というのがわからなかったので周りの人に尋ねてみた。全員口をそらえて、こりゃむちゃくちゃだと。やっぱりむちゃくちゃな請求なんだということがわかったまではよかったけれどじゃあどう対応するか?

当然請求した方は故意にふっかけている、確信犯なわけだ。こっちが明細について反論したくらいじゃ話にもなりそうにない。

さらに知人からの情報で、その婆さんが裁判所に引っ張り出されたという記録を見つけた。もしやと思って他にも探すとでるわでるわ、なんと5回も裁判所に行ってる、常習犯。

こりゃ本気でやらないとあかんということになり急遽弁護士の先生を捜し始めた。でもこういう案件を扱っている人が少ない。

知り合いで弁護士の人がいるのでそのオフィスに行ったら家族の急があって州外に出ていた。先週顔を合わせたところななのに、なんとタイミングの悪いこと。

とにかく行き着いた弁護士事務所で有料の相談に乗ってもらった。彼女は、多分、有能なんだろうとは思ったけれどなんとなく独善的な感じがした。でも気分的にもそこそこ切迫していたので、まずはこの先生にお願いしようかという雰囲気になっていた。

次回の予約を取って帰宅。夜に家内がネットでこの人について調べたら、一つだけコメントがあった。いわく、金に汚くて仕事がいいかげんだと。しかも記名の書き込み。内容から調べれば誰の書き込みかが簡単に特定できるほど具体的な書き方だった。こりゃ陰口じゃないわ、顔出しでの告発みたいになってる。

家内が、これは性急に決めるなということなんじゃないか、と。それには同意。少し話しあった。家内は私たちの話を細かくは聞いてくれないように感じると。確かに有名な弁護士だけど、それにも納得。そこで弁護士探しは振り出しに戻った。

深夜になって状況が変わったので、メールで職場関係に出入りしている先生の連絡先を尋ねた。次の日すぐ返事が来たのでその先生のオフィスを尋ねた。

いってみると、大柄な男の先生で気さくな人だった。ちょうど食事中、午後2時前、に行ったので「食べてるところでゴメンね」と。

こちらは恐縮して、あとで出直しますと言ったけど、いいということなので食事のおじゃまをしながら状況を聞いて頂いた。

非常によく話しを聞いてくれる先生で、この人なら間違いないということでまずは一安心。次の日に予約を取っておいて、資料を持って細かい説明にオフィスを尋ねた。

まずもともとの敷金で全部やってくれという内容の手紙を書いて頂くことになった。あとは向こうの出方次第で行きましょうと。先生には、彼女は常習犯だからうちは裁判所に行くことも覚悟していますと言っておいた。

裁判所に行くことになれば、先生にお願いしたいのは、英語の下手な私たちの代わりに裁判所で私たちの言いたいことを全て言っていただくことです。お金の問題とは考えていません、これは彼女の嫌がらせなのでそれに対してこちらは明確にNOを突きつけたいのです、と。

先生は、もちろんやりますよと。この「彼女の嫌がらせ」というのについて少し触れる。

この婆さん、一見するとおとなしそうな人に見える。比較的早い時期に気がついていたんだけど感情の薄い婆さんだ。故障や不具合の修理についても、とにかく反応が鈍い。一言で言えば呆けてる。

細かいものは自分で修理したりもした。ところが昨夏、給湯器が壊れて風呂に入れなくなった。その時ものらりくらりと言ってたので少しきつめに言った。それがかなり堪えたらしく、おれと話すときはいつもオドオドするようになった。もちろん怒鳴りつけたりなんかしていない。早く対応してほしいとはっきりと言っただけ。以来おれのことを極端に怖がるようになった。何かの対人関係障害のようなものがあるなかなと思ったりもした。

それ以外に、婆さん少しボケが入っているようで、ありもしない約束があったと言い出して、家内にきつく言われたことがある。

家を出ると通告してから次の借り手に見せるというので留守中にはいることを許可した。3回そういうのがあって3回とも鍵をかけ忘れて帰っていた。そのたびに家内に言われては否定するの繰り返しだった。3回目は鍵が空いたままで鍵は差さったままだった。

振り返ると、実際は大したことを言ったわけではないけれど、そういうので恨まれてたように思う。その意趣返しだろう。

請求の明細は見たことのないものから、間違い、虚偽までまさにてんこ盛り。

弁護士の先生はこちらは敷金やるからそれでおしまいにしようよ、でもそっちがごねるなら本気でやるよ。被害者のままでいるつもりはないから。という冷静な文面に強力な棘を仕込んだものだった。こりゃ私たちに書ける代物じゃないと驚いた。

こちらとしてはおかしな請求内容の証拠と掴んでおくために、最初に領収書のコピーを請求すればどうかと考えていたので、それを先生にぶつけてみた。

最初にそれをやると(こっちが臨戦態勢だと)警告を与えることになる。それは領収書などの書類の偽造のための猶予を与えることになるのでやらないと。

あの文面だと、気持ちよく穏便に済ませましょうよ、と書いてある。棘の部分はべつにして全体を読めばおだやかな文章。

もし向こうがNOで裁判所に行くならこっちにある証拠類を持っていって裁判官を納得させる。さらにそういう流れで行くとすれば婆さんは請求書と領収書の矛盾には気づく機会がない。

なんと言ってもごまかしようがないのは(補強程度の能力ではあるとしても)重要なやりとりのメールがほぼ全て残っていること。これは婆さんがおかしなことを口走りだしてから念のために連絡は全てメールにしたから残っている。こういう情報と会わせて、婆さんの請求内容のいい加減さを証明するのは簡単にできる。

もしかするとつかの間の休息なのかとも思うけれど今は婆さんの出方待ち。期待も半分だけど、常識的判断力があればこれで引っ込むと思う。もし裁判所に行けば、先生によると「これはOK、これはダメじゃなくて全部まとめて潰しに行くから」。

それでもこの先生にお願いするまでの約二週間は資料作りなども含めて非常にストレスが大きかった。さらに自分の弱さをいたく感じた。この顛末は今回何らかの形でお世話になった人全員に、まとめとしてお知らせする。

小さな田舎町なので彼/彼女たち(ある程度の社会的ポジションのひとばかり)に婆さんの悪行がしれるというのは婆さんにとって一定程度の制裁になる。

具体的には書けないけれどこうすることで婆さんの悪行をこの狭い街の多くの人が知ることになる。とにかくお世話になったお礼と報告を兼ねて全員にまとめを送ることにしている。こういう阿漕なことの被害者が増えないように願っている。
  1. 2013/08/16(金) 06:21:07|
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古いCM

ネット上で見つけたCM。これ1980年にコスモスという科学番組のなかで流れてたもの。

3種類ある。当時どれも見ても驚いた、凄いなあの一言だった。
日本IBM1980年CM(桁)
この数字の単位のCMは昔の日本人の発想のスケールの大きさに触れている。昨今とは大違いだ。


特に雨のCMには日本語の感情の豊かさを再認識させてもらった。日本語の繊細さや語彙の多さはまさに継続された長い歴史あってのもの。本当に風流な文化だと子供ながら感心した。
日本IBM1980年CM(雨)

もう一つは江戸時代の太陽の黒点観測の話し。あの時代にどうして太陽の黒点観測に思い至ったのか?太陽をうまく眺めると黒点に気づくだろう、でもそれを追跡するという発想はどこから来たんだろうか?
日本IBM1980年CM(黒点)

それ以降ときどき思い出しては、また見たいなと思いながら随分時間が経った。
改めて見て感動。当時はこんなにメッセージ性が高く考えられたCMがあったんだということにも感心しきり。
昨今は音やキャッチフレーズだけで、なんとなく視聴者をだまくらかしてるだけ。

さらに日本文化のよい部分を宣伝に使っている。反日病の蔓延した今日とは大違いのメディア。昔の日本はよかったんだということがよくわかる、名作。

  1. 2013/08/15(木) 03:29:59|
  2. 日常生活
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