備忘録

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

お祭り

ちょうど一ヶ月前の話しですが。

友人にネイティブアメリカン(インディアン)がいて毎年8月の終わりにある彼らのお祭りを見に行きました。これまで何度も行ってましたが写真を撮ることはほとんどありませんでした。夏の初めにインディアンの儀式を見ていたく感動したので今年はじっくりと見学させてもらいました。
P8250161_convert_20130929070251.jpg
ここに写っている人の羽根飾りは特に賑やかなものです。多くの人たちはもっと地味な飾りを付けています。

この装飾なんですが身につけるものがいろいろとあります。外から見るとどうしても目立つ羽根飾りに目がいってしまいますが下に着ているものやその中に付けているものなどいろいろなものがあります。

友人が着替えるのを横で見ながら思ってたよりたくさんにものを身につけるんだと驚くと、これ(大きなスーツケース)一杯分くらいあると。首からかける飾り、腰に付けるもの、背中に垂らすものなどなどいろいろありました。

身分や年齢と飾りの大きさは関係ないそうです(その村では)。だから写真に写っているのはみんな若い子ばかりです。若者が派手な服を着て年寄りが地味な格好をする、という感じでした。
P8250176_convert_20130929071155.jpg
こちらの方は女性が多く派手な飾りはありません。皮肉を言えば、みなさん栄養状態がよいのが一目で分かりました。

このお祭りはこの部族の人たちが年に一度集まるお祭りです。この期間は村の公的機関は一週間ほどお休みになります。友人は公的機関に勤めているので火曜から次の月曜まで全部お祭り休業でした。田舎の小さな部族なのでお休みにしてもへっちゃらみたいです。

村の中にはいろいろと難しいことがあり、全体としては衰退の方向です。歴史的な理由からネイティブアメリカンはいろいろな優遇があります。だから日本でいう生活保護貴族状態に陥った家族が山ほどいます。

これはそこに限ったことではなく国内至る所にあります。以前住んでいた家の隣に引っ越してきたのが仕事しなくてもいい家族。夜中にどんちゃん騒ぎしてなんども、静かにしてくれ!と文句いいに行った。それでもしばらく経つとまたドンチャン。しかも週の半ばの夜に騒ぐ。

こういう古くからの伝統的行事が残っていてすばらしいなと思う反面、不労所得貴族が昼まっからお酒飲んでる。決して安くない家賃払って、毎日近所のハンバーガーを子供に会に行かせてる。なんというすさんだ生活なのか。こういう現実を見ると政府がネイティブアメリカンに補助をしているのは、将来的に根絶やしにでもしたいんじゃないかと勘ぐってしまう。

それくらい、働かない生活は彼らの生活全体をダメにしてる。昼間から遊んでて働きにも行かない親を見て育った子供が勤勉な子供にはならない。歴史的ないきさつを真剣に反省しているなら、もっと違った形での手助けがあるはず。こんなことしていたら遠くない将来みんな廃人になってしまう。



スポンサーサイト
  1. 2013/09/29(日) 07:27:52|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

趣味

子供のころから石集めが好きで小学生のころは地質学者になりたいと思っていた。その趣味がいまだに続いているのは自分でも驚き。
P5301483_convert_20130925030249.jpg
これは爬虫類の骨の化石。時代は中生代白亜紀。
子供のころには夢の向こうだった化石にじかに触れられるのはうれしいと同時に不思議な感覚もある。
P1230865_convert_20130925050653.jpg
アンモナイトもだいたい同じくらいの時代の別の層から出たもの。大きさは15cmくらい。殻の保存度はよくないけれど形がいいと思う。

最初は1人で調べたりしていたけれど、言葉の壁もあるのでいろんな情報を見つけるのは簡単じゃなく試行錯誤はしたものの思うほどいろいろな石にはたどり着けなかった。

例えばあちこちの博物館などへ行って産地の名前をメモして家に帰ってから調べる。メモする習慣は今も抜けない。

地元で子供向けに開かれるサイエンスショーのようなところに石の会のブースがあるのを見つけて、会の連絡先を教えてもらった。

行ってみて、実際には言葉の壁は半端なものじゃなくて最初は????。いまはある程度手加減してくれるので何とかなるかというくらい。職場で話す言葉と友達同士の砕けた会話は全く別物ということがよく分かった。

会員さんは年配の人たちがほとんどで、石のコレクション歴はみんな長い。一番長い人は60年以上。そのコレクションなんかもうとんでもないのが一杯ある。素人のコレクションとは思えない。その上、よく知ってる。

そういう知識を活かして、地元の小学校や図書館などに出前授業に行く人たちもいる。単なるマニアの集団として閉じるのではなく、普及活動に力を入れている。将来の石コレクターの世界を担ってくれるように?子供への教育には力を入れている。何かのイベントでも子供が興味を持つような「おまけ」を付けている。

会に入って最初は英語で石の名前を覚えるのにとまどった。日本語で分かる石でも英語ではなんというのか分からない。しばらく経つとよくありそうな石や化石の名前は覚えてしまうものだ。

会の集まりで先週の土曜日にも石拾いに行ってきて、ゴロゴロと石を持って帰り、眺め中。このあたりのくだりはまた改めて。
  1. 2013/09/25(水) 07:08:46|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

古い記憶

本の中に出てくる何かの出来事が起こった日と同じ日のことをはっきり覚えていることがある。例えば本に紹介されているある事件が起こった日が高校の卒業式だったというようなこと。

あの日は自分は楽しくて大騒ぎしてた、ちょうどそのころに○○さんは警察の取り調べを受けていた、みたいな話しを後になって知ると妙なおもしろさがある。

一世を風靡した漫才師の横山やすしさんがある人に宛てた手紙を読んだことがある。週刊誌をにぎわせた印象とは正反対な繊細な感じのする文章だった。

最後のところをみてはっとした。同じ日の同じころ、初恋の彼女に告白した。

当時の横山やすしさんは名実共に漫才界の頂点にいたころ。同じころ私は完全に舞い上がっていた。4年後、横山やすしさんは事実上コンビ解散状態でかつての輝きはなかった。私はちょうど彼女と別れたところで内心ほっとしていた。

インターネットが発達して、一般人が外に向けて個人的な出来事を発信でき、世界中のどこからでもそれを見ることができる。インターネットの向こうにいる会ったこともない人の書き込みを見て、あの時この人はこんなことしてたんだ。自分も同じようなことしてたよな、自分は全く違う境遇にあったよななどと思うことがある。この「偶然見つけた特別な日付」というのは身の回りを見渡すと思いのほかたくさんあるように感じている。

日付つながりでもうひとつ。うちの親戚は誕生日、命日、結婚記念日が重なっているのが多い。それ以外にも忘れられない重要な日となにかの日が重なっているのが多い。

母方の祖父の命日と父の誕生日、母方の祖母の命日と母方の叔母の夫(叔父)の誕生日。こういうのがいくつもある。

それはもともとの親族だけのことかと思っていたら、伯父の命日と家内の誕生日が同じということに最近気がついた。そういえば当時はまだ結婚していなかったので次の日にどこかへ行く約束をしていたのを急遽キャンセルしたことを思い出した。ここに書いた以外にも似たようなのがいろいろある。

非科学的な話しではあるけれどなにか目に見えない糸でつながっているのかという気がする。もしかすると最初から台本があったんじゃないのかと半分くらいはまじめに考えてしまうことがある。
  1. 2013/09/22(日) 01:27:52|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

もうひとつ

シンガポールの話が出たついでにもう一つ。行きはサンフランシスコから成田経由でシンガポールに入る予定だった。サンフランシスコから成田の便の中で乗り合わせた人と随分話し込んだ。

カナダから来た彼女も行き先はシンガポール。旅行?と聞くとコンサート、と。しばらく話してから、誰のコンサートと尋ねたら、私。???

その人は歌手だった。特に有名な人ではないんだけどとてもきれいな曲を歌う人。歌手と聞いて納得した。というのは話しているときの表情が整っている。整っているというのは美人というような意味ではなく話していても「変な表情」になることがないということ。もちろん能面じゃない。

さらに英語が聞き取りやすい。それは地域性(訛り)というよりも、音声として発音したい音以外の音があまり混ざっていないということ。わかりやすく言うと明瞭な話し方をするアナウンサーのような声。声を出す訓練をした人の声。

普通に話すと私の場合「私は」と発音したときに純粋に「わ」「た」「し」とは言っていないように思う。「わ-->わ+ア、た-->た+ア、し-->し+イ」みたいな風に語尾がクリアじゃない。だから慣れないと聞き取りにくいんじゃないかと思っている。

表現が難しいけれど彼女の話し方は単音というのか一色の音という感じがした。なんと聞きやすい英語を話してくれるんだと驚いた。だから歌手だと聞いて納得した。

彼女は敬虔なクリスチャンでクリスマスシーズンにシンガポールのあちこちで開かれるクリスマスイベントでコンサートを開くために教会関係から招待されたそうだった。今回は急ぎの旅なので行くことができなかったけれどシンガポールのクリスマスイベントは盛大らしい。写真を見ただけでもかなり賑やかなのがよく分かる。

話しはここからで、彼女は15年ほど前に異常な疲れが続いき、病院に行ったところ白血病と診断された。本人も家族も白血病について深い知識はなく知っていたことは血液の癌で死に至る病だということくらいだった。突然絶望の淵に落ちてしばらくは泣いているだけだったそうだ。若い子が突然、死に至る病ですよといわれたらもうお先真っ暗になるのは当然のことだと思う。

ところが骨髄移植できるドナーが現れ骨髄移植に成功した。そこで万々歳と思いきや普通に生活できるようになるまでまだまだ時間がかかり、その間はかなり苦しい思いをしたとのこと。

免疫系に関係するのが白血球。それを骨髄から一度一掃して新しい骨髄を植える。新しい芽が育って生えそろうのを待つのだからその間に使うであろう薬を考えると副作用で気持ち悪くなるなんてものじゃないと思う。

健康を回復してからは、全く普通の生活を送っているそうです。その発病から完治までの間には言葉にできないほど苦しいことや悲しいことがあり、絶望と希望の繰り返しだったそうです。その時にクリスチャンである彼女の心の支えになったのがイエスキリストで、本当に救われたと。

その後、骨髄を提供してくれたドナーの人、彼女の生還のために力を尽くしてくれた人、そしてイエスキリストに感謝の気持ちを込めた曲をいくつも歌っています。

私は身近なところには白血病に罹った人がいないので、実際に体験した人の感じる生還までの大変さのほんの少ししか実感できていないと思う。それでも想像を絶する何年間かの闘病生活だったんだろうということは想像は容易に推察できる。

彼女の発病から生還までの話しは彼女のHPにあります。YoutubeにはいくつかのTVインタビューと彼女の歌もアップされています。本人の許可を取ってからリンクを張ることにします。

死線を越えて生還したというのはただただ脱帽。ますますのご活躍に期待です。
  1. 2013/09/21(土) 08:19:32|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

漢字?

少し古い話から。昨年12月にシンガポールに行った時のこと。

目的の仕事は2日間だけ、一日目の夜中に空港について2日目が終わって3日目の5時少し前には空港にいた。往復の所要時間の方が全滞在時間より長かった。さらにここは冬でかなり気温が低かったのが空港に着くと真夏の亜夜中。仕事の話しを始めた時に「真冬に飛行機に乗って降りると真夏でした」と掴みの話しをしたら意外にも受けて一安心。

滞在中の移動は基本的には地下鉄とモノレール。無駄遣いをしないのもあるけれど現地の人の日常に近い行動をしたいというのが一番。行った先の空気に触れられるから。だから1人で行動するときはバスや電車に乗ることが多い。

シンガポールは中華文化圏の影響を色濃く受けている。でも歴史的にはイギリスの支配が長く今も英語を使う。それでも地下鉄の表示やアナウンスは英語、マレー語、北京語?、そのほかにもわからないのがあった。

治安の良さは友人から聞いていたので、空港からホテルに行くときのタクシーで尋ねたら、治安はいい、と。短期ながら自分で歩いても治安がよいというのは実感した。

滞在時間が限られていたので、手の空いた時にはできるだけ歩くようにした。場所によって文化が違うというくらいその地域のカラーがはっきりしているところもあった。おもしろくて仕方なかったのは中国語?表示。

基本は漢字なのでそのまま分かるものもあるけれど、多くはなんとなくこんな感じかな?までしか理解できない。市内の掲示だと英語がいっしょにあるので意味が分かる。ところが北京語?だけの看板なんかは理解できない。

日本語にない文字やなにやら分かりそうでさっぱり分からない熟語?もたくさん見た。バスに乗っているときにおもしろい表示を見つけてメモを取っていたらとなりに乗り合わせた人が、日記書いてるのか?というのであの文字がおもしろいからメモしてる、と。

彼は香港から来た旅行者だった。日本人なのであの文字はだいたい分けるんだけど、向こうのやつはさっぱり分からないと言うと意味を教えてくれた。非常に紳士的な人で日本や香港のネタで話しが盛り上がった。

同じ根っこといっても日本語とは文字自体もかなり変わっている。台湾で使う台字(繁体字)は旧漢字に重なるものが多いので理解できるものも(そこそこは)あるけれど、大陸で使ってる簡体字というのはさっぱり分からない。そのうえ同じ文字でも日本語とは意味がかなり違うものが多い。

帰りは成田経由の予定が一便早い香港経由に変更できた。香港での乗り継ぎの時に見つけた表示「緊握扶手」これエスカレーターの手すりを持ちなさいということらしい。なんとなく分かる気はするけれど持つ手についつい力が入ってしまいそうな気がした。

長い歴史の中でそれぞれの文化が独立的に変化していった痕が文字には残っている。見ていると興味が尽きない。
  1. 2013/09/21(土) 02:03:27|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ネームバリュー

昨日の夜、10時半ごろクモ発見。けっこう大きい。お引き取り頂く前に記念撮影。脚を広げて7~8センチくらいのタランチュラ。これは毒を持っているわけではないのだけどネームバリューがあるのでいっそう怖い。パッと見て、ああ近所のチンピラかと思うような相手でも、あの人○○組の××さんという大物ヤクザだと聞いてしまうとその名前に圧倒されてしまう。蜘蛛好きの人は逆に喜んでしまうのかもしれないけれど、蜘蛛が大の苦手の私にはただただ恐怖だけ。
P9180269-2_convert_20130919234557.jpg

  1. 2013/09/19(木) 11:31:18|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

公平な税金の使い道?

日本の都道府県と違ってアメリカの州というのはかなり独立性が高い。となりの州では違法なこともここでは合法というのがよくある。

少し前にワシントン州でマリファナが合法となった。薬物反対の私はあまり快く思っていない。

公立学校は日本でもアメリカも基本は税金でやりくりしている。都道府県立高校で普通科は地域によって学区が分けられており住所によって受験可能な学校が限られることが多い。工業科などはその都道府県内のどこからでも受験が可能である。

ここの州にはおもしろい学校がある。日本で言うと高校二年生から2年間だけの公立の高校。そこは高校一年の後半に州内全域から受験できて選ばれた子達だけが入学できる全寮制の学校。理科数学に力を入れた学校。公立なので全て無料。設備はこの近所の公立高校よりはよい感じに見えた。

子供がそこの受験を考えているのでこの夏に見学会に参加した。新学年が始まったので現在通っている高校の先生にその学校の受験について話しを聞きにいった。彼はその学校をあまり評価していなかった。

いわく、(生徒の学力以外の)いろいろな理由でここ(この学区)からは(本来なら十分合格できる子でも)何人かが不合格になる。で、それは州内のいろいろな地域からの子供を受け入れるため、たとえここで不合格になった子供よりも学力が低くても志望者の少ない郡部の学校からは合格させるということかと尋ねた。そうです、と。

アメリカというのは大半が田舎で、この街も十分イナカといえる。ところがほとんどの州では数えるほどの「街」があって、残りは行政上は「市」にはなっているけれどどう見ても「村」か「集落」というのばかり。

当然ながら街と村(どちらも市なんだけど)では人口も桁違いだし教育水準にもかなり差がある。だから州内から学力を選考基準にして上から合格者を決めればほとんどは上から3つほどの市の出身者で埋まってしまうだろう。「村」からはほとんど合格者がでないというのはありそうな話しだ。

ここからは推測だけど、同じように街も村も州税を納めている。その州税で運営する学校だからどこの子も同じくらいの確率で入学できるようにするのが平等というものだろう、という考えではないかな?こういう考えが折角有能でやる気のある子だけをトレーニングするはずの学校のありかたを歪めているのだと思う。

学校見学の時に??と思うことが(些細と言えば些細だけど)いくつかあった。書かないけれどそれらの??が彼の説明でひとつながりに理解できた、なるほどそういうことか。聞いていた話しと見て感じたことの差の説明が頭の中で一つながりになった。

建前は州を代表するエリート校のはずが実際はかなり学力が???な子も入っている。結果として必ずしもより高度な教育を提供しているとはいえないということ。シビアな実力主義とより高度な教育を期待していたので少し残念だ。こういう学校こそ政治的思惑を一切排除してシビアな実力主義にする方がいい。
  1. 2013/09/18(水) 12:04:56|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

考え方いろいろ

例のフットボールの暴露記事のページにはコメント覧がある。読んでいると非常におもしろい。というのはいろんなことを考えている人がいるということ。

その大学の在学生や卒業生らしき書き込みは、あんな記事はデタラメだ、あんな記事を書く雑誌はバカだというような感情をはき出しているだけのものが多い。中には、私の聞いた話しと違う、だからあの記事はおかしいというのもある。ただなにがどうおかしいとは書いていなかったが。

ファンにとってはよほど堪えたのか感情的に記事を否定する論調が多いように感じた。読んだ範囲では(といってもコメントは1000を越えていたので読んだ数は知れているが)少なくとも冷静に記事を批判しているのは見あたらなかった。

冷静な意見は(まあだれでも考えそうなことだけど)全てが事実ではないかもしれない、式の意見。これに卒業生か在校生とおぼしき書き込みがあり、頭から記事を否定するだけで議論になっていない。それに対して、じゃあ真実の部分があったとして、それにどう対応するのといわれると返答できない。

逆に感情的に記事を肯定して在校生?の意見を叩いているのもあった。そこの学生さんに恨みでもあるのかと考えてしまった。

最初に読み始めたところは在校生や卒業生の感情的な記事叩きが並んでいたので、アメリカ人はバカしかいないのかと驚いた。ところが読み進むと冷静な意見も確実にある。玉石混淆と言うところあたりが真実じゃないかという気がしている。

今回の記事では証言者が名前を出しているというのが大きい。雑誌社は訴訟も想定しているはずだからでっち上げの塊を世に出すとは思えない。在校生や卒業生が悔しい思いをするのは分からないでもないけれど出版社、しかも最大手の雑誌の会社がそんなデタラメを垂れ流すと考える幼稚な感覚は理解できない。

さらに今回問題になってるのは学生スポーツとしてその枠内でやっているはずの競技にお金や薬物の話しがあるということ。それが事実であったら記事を感情的に叩いている子達はどう考えるんだろうか?私が同じ立場なら、事実でないことを期待しながらも、もし事実なら自分の在籍する大学がなんとお粗末なのかと嘆くだろう。

時間がかかるとのことだけどNCAAが調査にはいるようなのでいずれは白黒がつくことになる(何らかの形で)。そのときに仮に黒となったとして、記事叩きをしている子達はどう考えるのだろう?

外野席の見物人としてはコメント覧でのやりとりは非常におもしろい。まあこれだけいろいろな言い方があるんだ、こんな考えもあるんだと感心する。一つ言えることは、在校生?卒業生?が言うように、国民はこんな与太記事相手にしていないぞというのは全く当たっていない。相当な勢いでコメントが増え続けているのは関心の高さを示している。

読んだ中で一番ふるっていたコメントは「一番驚いたのは出版社がコメント覧を開けたことだ」。これは直前に「(その大学が汚いことをしていても)驚かないよ」というコメントがあったのを受けたように書いてあった。

最高のアメリカンジョークに大受けしてしまった。
  1. 2013/09/18(水) 07:04:38|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

一騒動?

国内で最も有名なスポーツ誌Sports Illustratedという雑誌に学生フットボールの闇についての記事が出た。かなり読み応えのある記事。

フットボールは日本ではマイナースポーツだけどアメリカでは国民的スポーツ。アメリカだけでなく日本でも人気スポーツは大きな利権。学生の「クラブ活動」という立て前はあっても実態はセミプロ状態。

日本でもし人気スポーツの部員がマリファナ吸ったり、酒気帯び運転で逮捕されたら活動停止で済めばましな方で廃部になってもおかしくない。でもフットボールだとそんなのへっちゃらなのがアメリカ。

具体的な名前は書かないけれどこのあたりでもローカルニュースには地元大学のスポーツ選手が酒気帯びやドラッグで捕まったという話しはしょっちゅう出てる。でも日本のようにクラブの指導者はなにしてるんだ、大学はどんな教育してるんだというとんと批判は聞いたことがない。

今回の雑誌の記事は5つのポイントから特定の大学のダーティーなクラブのあり方をかなり手厳しく指弾している。現時点ではまだ全ての記事が出そろったわけではないがそこの学長は早々と、フットボール部支持の声明を出したというから驚いた。

これまでに出た記事を読んでみて、特に予想もしなかった凄い悪事が描かれているという印象はない。まあ、みんな知ってて口に出さなかったことを暴露しただけという印象。知らなかった新しいことを知ったという「そんなことがあったのか!」という新鮮さはない。

変な例えをすると、いかにも悪徳そうな政治家が収賄で逮捕されたと聞いても、ああそんなもんだろう、やっぱりな、と誰も驚かないのと似ている。逆に、いかにも悪徳そうな政治家が個人資産のほとんどをガン撲滅のために寄付していたとか、成績優秀なのに経済的に修学継続困難な子供のために返還義務のない奨学金として毎年数十億円単位で寄付していたと聞くと驚く。こういう驚きはなかった、ああやっぱりな、出てしまったな。これは読者のほとんどがそう感じたんじゃないかと思っている。

その状況で早々に学長がそんなこというというのは早計じゃないかな。薬物にも目を瞑っていたということを名前を出した証言者が語っている記事もある。じゃあその学長は、薬物くらいうちの学校じゃ大目に見るんですよといってるのと同じこと。NCAAの規定なんかくそくらえだと言っているのと同じ。じゃあなんのための学生スポーツなんだろうか?

いくらなんでもそりゃまずいだろう。もう少し言いようがなかったものかと思う。同じ状況が日本で起きたら学長の首が飛ぶだけでは済まないだろう。少なくとも一度は、そんな犯罪者養成学校なんかは廃校にしてしまえというところまで世論は沸騰するだろう。

この学長の世論や世の空気を読めなさは凄い。まさによくいう「燃料投下」そのもの。火事場にタンクローリーでの「放水」。

雑誌の記事もいくらか誇張や書きすぎの部分もあるんだろうとは思う。でも読んでみてさもありなんと感じてしまうところがまあなんともなあという感じ。この大学はやりすぎたのでやり玉に挙げられたんだろう他の学校も似たようなことは多かれ少なかれしているように思っている。でも特定の学校としてそういう事実がいったん外にさらけ出されてしまうと後の対応をきちんとしないと後遺症は大きい。迷惑するのは大多数のまともな教職員や学生。

なんせ週刊誌で2500万部以上の売り上げがあり、今回の件は各地のローカルだけでなく全国ネットでも報道された。要するに、そこはいきなり全米一ホットな大学になったということ。

大学フットボールの位置づけは学校ごとにかなり違うように思う。フットボールには興味がないので細かいことまではフォーローしていないがその門外漢が見てもわかるほど学校間の意識の差はいろいろなところに垣間見える。

この学校がかなりフットボールに熱心な学校なんだろうということはよく分かる。ついでにいうと、妄想に過ぎないけれど、教育や研究レベルはかなり低いんじゃないかな。

どちらにしても今後の世論の風向きを見極めて利口な対応をしないと、フットボールだけでなく大学本体まで大きなダメージを受ける。少なくとも多くの良識ある教職員学生はその状況をよしとは思っていないだろう、たぶん。
  1. 2013/09/16(月) 23:41:51|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

机上の設計

このあたりでよく経験することに、これ机の上で考えてそのまま実行に移したなというのが丸判りのデザインや設計。

一つ目はオフィスの固まった所にある中庭のようなもの。円形に二重の植え込みがあってまん中に小さな屋根とベンチがある。一見どこにでもある小さな庭。ところがこの中庭、東西からの通路がまっすぐ抜けられない作りになっている。東西方向から植え込みまで来ると左右どちらかに90°回り込んで植え込みの切れ目に入って反対側に抜ける。

最初はなんと邪魔な植え込みだと思ってたのがたまたま航空写真を見て納得。上から見るとユニークなデザインになってるんだ。笑えてしまうのは設計者は実用性ということを全く考慮していないところ。

設計図を描いて、なかなかおもしろい形だと納得しておしまい。こういうのがこのあたりでは珍しくない。二つ目は「鉄棒」。

4車線で比較的交通量の少ない道に北側から側道がT字に入ってる。右車線を走りながらその側道に右折(日本では左折に相当)する。右側の歩道に乗り上げることはまずない。

ところがある日、その交差点の角の部分(歩道内)に車が進入できなうようにと大きな鉄杭が立てられた。それ以来、そこを右折するときは心持ち大回りになってしまった。そうすると側道から出てくるため信号待ちしていた車に当たりそうになる。

鉄杭は歩道上にあるので普通に運転しても当たらない、理屈ではそうなる。でも心理的に避けてしまう。まあなんと考え無しなことをするのかと呆れていたところ数ヶ月で撤去された。他にも沢山の人が不便だと考えていたということがわかった。ここまではまあご愛敬、3つ目はもうみんなの笑いのネタになってる話し。

あるメインストリートを一年近く掛けて大幅改装した。その期間は車両は別の道に迂回しないといけないのであちこちでそれまでにはなかった渋滞が発生した。

もともとその道は十分な広さの歩道を取ってあった。その歩道を広げて道路と歩道の段差を完全になくした。色の違うタイルのようなものを敷いてある。さすがにそれだけではまずいと分かったのか車道と歩道の区切り目にはずらりと鉄杭を立てた。

まずは鉄杭。その道に合流する時にかなり大回りをしないといけなくなった。現にかなりの車が杭に当たったようで歪んでいた。しばらくすると交差点に近いところから2本ずつ杭が無くなっていた。

この大回りだけでも目に見えてその区間で車の流れが悪くなった。さらに歩道を両側合わせて1.5mほど広げたので車が離合するにもギリギリの幅になった。もちろん計算上は離合できる。

ひどいのはバス。ある区間ではバス同士の離合ができない(計算上は大丈夫なんだろうけど)。だから一方からバスが来ているときは反対側のバスは手前の交差点で待たないといけない。その後ろに車の列ができる。おまけにその区間内にバス停があるので混む時間帯だと何分間かは”工事中片側通行”状態のように車の長い列ができる。

その工事の前にはすんあり流れていた。どうして多額の税金使って交通渋滞作るかな?この道路改修工事のバカさ加減はちょっとしたものなので、新車や新製品の方が旧製品より悪いときに「○○(通りの名前)と同じことやってるな」と言うと、聞いた人はニヤニヤ笑って理解する。

誰がこんな税金の無駄遣いの旗振りをしたのかは知らないけれど、アイディアが浮かんだらまずそれを実地に移したときにどういう状況になるかをきちんと予想しないといけないよな。今回のように莫大な税金を使って、工事閉鎖が開いたとたんに新しい交通渋滞や接触事故の可能性が上がってるなんていったい何の罰ゲームかと思う。でもこれがこのあたりの現実のレベル。慣れてもやっぱりなんだかなあと思う。
  1. 2013/09/14(土) 07:31:30|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

HP

植物の病害虫を駆除する仕事をやっている人のHPを見た。最初のページのバックの写真は病気になったマメの葉の写真だった。見てくれはお世辞にも美しくない。

とはいってもその仕事で主に扱うものだからそうなるのは当然といえば当然か。植木屋さんのページに格好のよい植木の写真があるのと同じことだもんな。

でもある害虫駆除会社のHPは入り口にはそういう写真はなくて、中に入って説明のところにだけ害虫の写真があった。

植物の病害虫の方はやっぱりなにか違和感が残るなあ。まあどうでもいいことなんだけど。
  1. 2013/09/10(火) 01:07:03|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

カーショー

午前中に郵便局まで荷物を送りにいったらダウンタウンでクラシックカーショーをやっているのを見つけた。去年は行き損ねてたので今年こそはといってきた。

これは1941年製、フロントの窓が狭い。後ろから覗くとやっぱり狭い。のんびり走っていた時代だからこんなに狭い視界でも走ることができたのかと思う。とはいうもののここに来てる車のほとんどは公道を走って来る。
P9080215_convert_20130908114257.jpg

これは「窓」の部分から見た車内。散らかっているのはご愛敬として、すごいのは窓じゃなくて「網」。なんで網なのかよく分からない。ないよりましということだろうか。
P9080216_convert_20130908114428.jpg

ボンネットが二つ折りに開くタイプ。こういうのを見たのが初めてなので感心しながら写真撮影。部品も相当程度交換してあるようだけどこれも戦前生まれ。どう見てもうちの車より新しく見える。
P9080201_convert_20130908115230.jpg


で、こいつが人気者。シャッターを切る瞬間よそを向いたのは残念だけど愛嬌のある顔してておとなしい。ほぼ同じときに3組が写真を撮らせてもらった。よほど大切にされているのか人慣れして利口だった。
P9080207_convert_20130908115815.jpg


この後ろ側がシューッと流れてるのが60年代のアメリカ。カリフォルニアからイリノイまで通っていた昔の幹線国道みたいなものがあってRoute66という。R66沿いにはこの車がそのままいて違和感のないレストランがよくある。子供の映画になったCarsというのはR66の通っていた村の盛衰を描いてる。作者がその着想を得たというレストランはいかにもという雰囲気のお店。
P9080211_convert_20130908115658.jpg


新しい車も並んでいる。おもしろいのは日本によくいるような車高の低いのやタイヤをハの字にしたのがここにもいるということ。車高の低い車がガソリンスタンドへはいるときに勢いよく下を擦るのはときどき見かける。
P9080222_convert_20130908115321.jpg


この二台も年代物だけどよく手入れされてた。左側のは売りに出ていて、埃まで全部売ります、と。
P9080226_convert_20130908115409.jpg


この水色は古いポルシェ。ポルシェのショ-ルームに展示してある写真と血統書のような証明書。左端がオーナーらしく見学に来た2人の質問に答えていた。趣味の集まりで自分のコレクションを褒めてもらうのは誰でもうれしいことなのでえらく楽しそうに話してるのがよく分かった。P9080246_convert_20130908121847.jpg

田舎町のささやかなイベント。それにしても今日はむちゃくちゃ暑かった。
  1. 2013/09/08(日) 12:31:36|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コオロギ

最近コオロギをよく見かける。例年は8月にはいるとあちこちで見るんだが今年は8月後半から急に増えだした。どうやって紛れ込むのか建物の2階にまで入り込んでいるし、ここの部屋(2階の奥)でもウロウロ。

この夏は猛暑のはずの7月に雨が降り、気温もあまり上がらなかったのでそれが影響しているんだろう。あまり気温が上がらなかったとはいっても40度を超えなかったというだけで、西日本と比べると暑い。

この「冷夏」の影響だけなのか?、春先の低温も関係しているのか?コオロギだけでなく蛍も今年は変だ。いつもは5月半ばからせいぜい一月間くらいがシーズン。それが6月半ばから飛び始めて9月に入ってもまだ光っている。

今年の「異常気象」は「暖冬、冷夏」なのでヒトにとってはありがたかった。でもムシにとっては甚だ迷惑なものだったのかという気がしている。それでもここ数日、朝晩の気温が下がってきたので蝉の鳴き声が急に減った。

ヒトは便利な道具を使うので必ずしも季節に囚われなくてもよい。でもムシや植物は自然の変化の中で生きているのがよく分かる。
  1. 2013/09/05(木) 23:15:08|
  2. 自然
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大きな問題

ときどき大きな問題に遭遇する。仕事上の問題だとなんだかんだといいながらも流れていってくれるのだけど個人的なこととなるとそうもいかないことがある。

ときどき、こりゃどうするかと考え込んでしまう。過去に同じような問題にどう対応したかと考えても、大抵は参考にならない。人に尋ねて何とかなりそうなことだと凹む前にそうしているので、これまたなんともならない。

結局はできそうなことをやって、状況が変わるのを待つしかないというのがこういうとき。個人的なことで凹むというのは大抵は他人にとってはどうでもよさそうなこと。人から見れば何でもないことが、自分にとって大変な悩みであるときがきついとき。

誰かにいってみても大抵は何でそんなことが引っかかるのかさへピントこないというような反応しか返ってこない。逆の立場で自分も誰かに同じような反応してることがあるんだろうなとふと思った。そういうことにはそういう状態のときにしか気がつかない。もうちょっと人のいうことに細かく耳を傾けようと思うこともある。

ところがそういうときに気がついたり、思いついたりしたことは問題が解決すると問題といっしょにどこかに行ってしまう。まさにのど元過ぎれば何とやらを地でいってる。

そういうことをそのまま忘れてしまうのがもったいなく思えるようになってきたので常にメモを書くようにした。ある瞬間思いついたささいなことでも書き留める。よみかえすと案外おもしろい。

でも自分の思考や行動の癖、とくにマイナスなもの、はなかなか抜けない。意識すればなにやら違うときもあるけれど、なかなか抜けない。でもこれもなにか考える機会だと思うようにしている。
  1. 2013/09/04(水) 01:55:53|
  2. 日常生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。